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コラム#03
全ての人を照らしだす、
幽玄な祭りの光

 祭り当日の4月14日。
高山の町からは普段の穏やかな空気が鳴りを潜め、その代わりに朝からどこか忙しなさを帯びていた。春の山王祭では、12台の屋台が曳き揃えられ、その祭り行列は獅子舞やお囃子、雅楽隊なども含めると総勢数百人ともなる。男たちは朝から日本酒を飲みその時に備えている。その結果昼過ぎともなると、すでに呂律が少し怪しくなってくる者も。

今回、密着し道中を取材させていただいたのは、明治40年代創業の老舗食事処「坂口屋」の社長・坂口健一さん。例に漏れず日本酒で準備万端の様子だったが、率いる屋台「龍神台」の前に立つと、その表情は一変。これぞ旦那衆とでも言うべきだろう、凛々しく引き締まった祭り男の姿が現れた。

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時刻が18時を迎える頃、夜祭が動き出す。順番に並べられた屋台の中でも最も先頭に位置する神楽台のきらびやかな太鼓が、夜の幕開けを告げるかのように、ひとつ、大きく打ち鳴らされた。まだ空は闇に染まる手前の、薄紅色になりはじめた頃。しばらく神楽が演奏され、屋台の前では子どもたちによる獅子舞が、軽やかに舞う。時折観客に噛みつく仕草で迫ってくるので、所々で歓声が上がる。

グググ、という低い音と掛け声ともに屋台が動き始めたのはそんな時だった。巨大な屋台が少しずつ前進すると、思わず拍手が打ち鳴らされた。それと同時に、身動きがとれないほどに密集した観客が、民族大移動さながら前に動き出す。神楽台から少し離れ、8番目に位置する龍神台のあたりからその光景を眺めると、屋台の動きに対して祭り行列と観客が一体化しているのがわかる。1つの巨大な龍が、なまめかしく進んでいくかのようだ。

辺りが暗くなってきた頃に、見所はやってくる。安川通りを屋台が左折するタイミングだ。男たちが声を挙げ、一度屋台を止めたかと思うと、すぐに扉をあけ何やらハンドルのようなものを回し始める。すると進行方向に対して、横向きに添えつけられた車輪が底面から現れた。すぐに大きな掛け声が上がると、そこを支点とすることでその重量をものともせず一気に90 度回転。今夜最も大きな歓声が商店街に響き渡った。

辺りが宵闇に包まれると、人々の顔が屋台の提灯によってぼうっと照らされ、町は普段とは違う表情を見せ始めた。手にお菓子を持って、友達とはしゃぎながら歩く子どもたち。喧騒を離れ、少し小高い位置に移動し顔を見合う若いカップル。都会から家族を連れて帰省してきた、家族連れ。レジャーシートに腰掛け、ゆっくりと手を叩く老夫婦。そこに観光客が加わった後に眼前に現れるのは、普段は決して交わることのない人達が、偶然集った奇跡的にも思える光景だ。その合間をゆっくりと、幽玄に、屋台が進んでいく。

人々は日常のみによって、生きるのではない。非日常としての祭りの夜は、男たちの威勢の良さと、その後のまるで夢の様な儚さでもって、日常そのものを輝かせ始めた。