HIDABITO
コラム#01
温泉
高山の秋は、暑くて寒い。昼は夏かと思うほどの強い日差しがふりそそぎ、夜はするどく清らかな山の寒気が辺りを覆う。半袖で三之町を歩いていた人々が、夜は厚く着込んで帰っていく。盆地ならではの昼夜の気温差は、街の一日に、たくさんの表情を作り出す。
そして市街地を離れ、寒気を降ろしてくる北アルプスの方へと向かえば、そこに待つのは山に見下ろされる秘境、夏でも涼しい風の吹く奥飛騨温泉郷だ。ここには、歴史ある平湯温泉を始め、新穂高温泉、栃尾温泉など、いくつもの秘湯が北アルプスの足元に寄り添うように点在している。
暑気がいつしかなりを潜め、ひんやりとした風が吹き始めると、土地の人々は言い合う。「冷えてきたし、そろそろ流しに行こうよ」――。
ここ飛騨は、隠れた名湯の地だ。
温泉と聞いた時、すぐに思い浮かべる土地はどこだろう。箱根、草津、湯布院――観光スポットとして有名な温泉地はいくつもあるが、「飛騨」の名前を真っ先に上げる人は少ないかもしれない。何しろ同じ岐阜県には、日本三名泉のひとつである下呂温泉もある。しかしそのもっと奥、決してアクセスがいいとは言えない山の麓には、三名泉と比べても決して劣らない、極上の秘湯が存在するのだ。

奥飛騨温泉郷というのはれっきとした地名であり、観光地の名前ではない。高山市から車で40分、日本列島のほとんど真ん中といえるようなこの場所には五つの温泉地が存在し、通な観光客と、そして地元の人々に愛され続けている。