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コラム#01
温泉

中でも、もっとも古い歴史を持つのが平湯温泉である。古来より交通の要所として人の行き来が多かった地であり、温泉の発見時期については不明だが、江戸時代末期に書かれた『飛州志』には、「吉城郡高原郷平湯村(※現上宝村)」に平湯温泉ありとの記述がある。

真偽の程はわからないが、伝承によれば、温泉が発見されたのは中世のこと。かの武田信玄の家臣、山県昌景が飛騨に攻め入ろうとした際、疲労と硫黄岳の毒霧にやられてしまった軍勢を、この地で見つけた温泉で癒したというのがその始まりだとか。発見に際しては、老いた白猿が彼らを温泉まで導いたという、なんとも神秘的なエピソードが添えられている。

もちろん、時代を下った現在の平湯温泉も、野趣をたっぷり残した魅惑の温泉地だ。16種類の露天風呂を備えた「ひらゆの森」、山中にある秘湯中の秘湯「神の湯」、平湯民俗館に併設された「平湯の湯」と、どれをとっても個性豊か。情緒あふれるにごり湯は熱く甘く、疲れた身体の芯までしみわたる。

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また。奥飛騨温泉郷まで足を伸ばすのであれば、是非体験してほしいのが最奥部にある新穂高温泉。北アルプスの登頂口であるここには、日本初の二階建てゴンドラを持つ新穂高ロープウェイもある。空中散歩で北アルプスの絶景を楽しんだ後は、新穂高駅前や中原地区にある足湯で愉悦のひとときを。焼岳、錫杖、笠ヶ岳などの雄大な山々を見渡しつつ、温泉卵や五平餅を食べる時間は贅沢の極みだ。できればそのまま宿泊していこう。濃厚な山の空気とともに味わう四季折々の光景が、湯浴みの時間をどこまでも深く、美しく彩ってくれる。

『飛州志』にも引用されている『平湯温泉記』には、「平湯温泉は、かの楊貴妃も入ったという温泉驪山(りさん)や、有馬神湯にも勝るとも劣らないと思う。しかし深山幽谷の地にあるため人々の関心を引きにくいのでは」という、著者の“心配”がしたためられている。

21世紀の飛騨も、ある意味では深山幽谷の地にある。交通網の発達した現代においてすら、いつでもどこからでもすぐに行けるような、お手軽な場所ではないからだ。しかし飛騨を愛する現代の人々は、「だからこそいいのでは」と控えめに言う。いつ来ても美しい自然と四季は揺るぎなく、人ごみにうんざりさせられることもない。もてなしてくれる飛騨びとたちの人情も変わらない――。

そんな土地にしかない、温泉の姿というものがある。それはきっと、「温泉」と聞いたとき、人が土地の名前よりも先に思い浮かべる、どことも言えない光景に一番似ている。